メントラNL,何やら新しい企画を始めたなと思ったら,吉森編集長に「次は中野先生の番ですからね,よろしくお願いします。ダイビングの話を書いてくださいね」と依頼された。遠藤さんのアフリカ音楽ほどの蘊蓄を語れるわけではないし,ましてや永田さんの短歌の世界には比べるべくもないが,まぁサイエンス一筋に没頭するタイプではないのは自他共に認めるところ。あぁいいよ,と軽い気持ちで引き受けてしまった。しかしこれは大失敗であったことがすぐに判明する。
8月に医学生物学研究所が主催する高遠シンポジウムに演者として呼んでいただき,吉森さん,永田さんと一緒に参加したのだが,ここで永田さんが「特別講演」と銘打って,「科学と文学のあいだ」を肉声で語られた。永田さんとは私も結構長いつき合いなので,もちろん素晴らしい歌人としてのもう一面を持つことを尊敬の念で眺めていたが,その歌の世界のことを直接聞かせてもらう機会がこれまで一度もなかった。永田さん自身,科学の世界の同業者には歌のことをあまり語りたがらなかった,というのが本当のところではないかと思う。それが,吉森さんの編集後記にもあったように,場末の超マイナー誌とは言え,われわれの前に突然もう一つの世界を語り始めたのである。これは何か心境の変化でもあったのかな,と思っていたのだが,そのような三面記事的な興味は,特別講演を聞いて粉々に砕け散ることになってしまった。
1時間半にわたり永田さんが語った言葉の端々をここで繰り返しても,きっとあの感動は伝えられないだろう。前号のNLの内容を含むものではあるが,どうか皆さん,いつか直接永田さんの話を聞いてみていただきたい。サイエンスが泥臭いものばかりだとは言わないが,膨大なデータを得ても本当に新しい発見と思えることが滅多にないのに比べ,歌は,その一瞬一瞬をいつまでも輝くまま残すことができる。その才能がたまらなく羨ましかった。
そんな話を聞いたあとで,どうして自分のつまらぬ趣味三昧をanother sideなどと語れるだろうか。吉森君,これダメ。ぼく書けない。ゴメン!と謝ったのだが,編集長もそんなことで簡単に許してくれるはずもない。爪を隠していた永田さんも,そうだそうだ,ダイビングも蕎麦打ちも書け!と追い討ちをかける。これは困ったことになった...
ダイビングの話を書け,というのにはもう一つ伏線がある。NLの第1号に計画班員の自己紹介があるのだが,ここに私は「あまりに忙しいので自分のクローンが5人欲しい」と書いたことになっている。しかし真実は,あまりに忙しくて自己紹介文を書く暇もなく,適当に書いといて!と編集長に頼んで書いてもらったものであった。それがさらに領域代表によって粉飾され,何人クローンがいてもみんな伊豆にダイビングに行ってしまうので誰も仕事が進まない,という話になる。それほど私がこの年になってスキューバダイビングを始めたというのは意外であったらしい。何故ダイビングを?というのと,こんなに楽しいよ!ってな話を書いてお茶を濁そうと思っていたのだが,何だかもう少しまじめに書かないと自分の気持ちに収まりがつきそうになくなってしまった。
永田さんは,科学と文学の両立のことを二足のわらじを履いたと表現されていた。私も同じ表現を使ったことがあって,それは2年前,理研と東大を兼任することを決心した時である。しかし,ふとその意味が不安になって広辞苑を調べてみると,同一人が両立しないような2種の業を兼ねること,とある。わらじはどうやったって一足しか履けないので,絶対にあり得ないことの例えなんだそうである。研究機関の兼務は,もちろんいろいろご批判もあろうが,制度的にはちゃんと認められていて,決してあり得ないことではない。偉そうに二足のわらじを履いているなんて言うべきじゃないなと,それ以後慎んでいるが,永田さんの二足のわらじは本当にあり得ないに近い二足であって,それを履いていることを高らかに誇るべきである。私がこれから書こうとしているのは,そのようなレベルの話では全くない。単にはまってしまうとすぐにムキになる,よくありがちな単純性格の男が今のめっている趣味の紹介である。そうはっきり書いてしまうと少し気が楽になった。どうかさらりと読み流していただきたい。
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